ノーベル物理学賞の中村教授の「怒り」と英語スキルの必要性

中村教授がノーベル物理学賞受賞会見の際に、日本に対する「怒り」を原動力に上げていた。日本では自身の発明に対して正当な評価を貰えず、その後米国で研究することになり、その環境は研究者にとっては最高とのこと。

米国は個を尊重し、能力がある者にとっては、いかんなく自分の実力を発揮できる場だ。そしてその対価も日本の比ではない。大リーグなどを見ても分かるが、イチローなどの超一流選手は、日本の年俸の何倍もの額を手にしている。

中村教授は現在の日本の環境を嘆いている。その一番の理由が日本語で、母国語を英語に変えるくらいしないと、日本は今後もどんどん落ちぶれていくと言っていた。

米国と日本は文化が大きく違うが、僕の考えとしては、わざわざ日本を米国流に変える必要性はないと思う。確かに個人の能力を発揮したいなら米国で仕事をする方がはるかに良いだろう。これは日本に限らず他国にも言える。

特に、中韓台などのアジア諸国は、米国に留学して、そのまま就職することを目標にしている学生が多い。これは自国で生活すること自体が大変で、成り上がれるチャンスがほとんど無いからだ。そして中国語や韓国語では専門分野の表現が乏しく、勉強がままならないので、英語で勉強せざるを得ないということになってしまう。

それに比べれば日本は日本語だけで、あらゆる分野の情報を網羅しており、また治安もよく住みやすいため、日本から米国に留学する学生は少ない。

そこそこのレベルで満足できるなら今の所最高の環境だ。しかし中村教授のように世界を変えるような人物は、英語を覚え米国でチャンスを掴む方が断然良い。

それはほんの一握りの人に限られるので、ライフスタイルによって日本か米国に住むかを選べばよい。

しかし英語スキルは中村教授のように大切だ。日本もある程度の多様性は必要で、そのためには気軽に外国人が滞在できる環境が必要だ。