英語はテクニックより大切なものがあることを坂本龍馬から学んだ

英語ができるようになることには、様々なメリットがあるが、最近は至る所で英語の必要性ばかりを訴えており、言葉としての英語の本質とはズレが生じていると感じる。

英語を学習する目的として、具体的に日常の場で英語を使う技能的な面と、英語を学習することで、今迄にない価値観を得ることで教養面を磨くという2つの側面がある。

ほとんどの人は教養面よりも技能的な面ばかりを意識しており、日常生活で使わないなら英語は必要ないという考えになる。

また必要性を感じていたとしても、思ったように上達しなければ、効果が実感できないから、いつの間にか英語学習を止めてしまうといった人も多い。

教養としての英語を大切にすることが上達への近道

人間が人間らしい生き方をしていくためには教養がとても大切である。だからこそ、私達は日常生活に直接関係のない小説を読んだり、映画を観たりして教養を磨いている。

これは英語にもそのまま当てはまる。もちろん英語学習をするほどに語彙が増えて、映画の字幕も全く観ないでも理解できるようになることは素晴らしいことだ。

しかし、実際は1年英語を毎日勉強しても、なかなか思うように上達しない人も数多くいる。上達には個人差があるので、一概にこうすれば確実に英語力がアップするということは言い切れない。

技能面での英語では個人差があるが、教養面では英語と向き合うことで日々色んな気付きが得られて、人間性は確実に磨かれることになる。

僕は英語学習によって、テクニック的な面よりも、教養面で大きな学びを得ることができた。英語と向き合うことで、外国の文化や価値観の違いはもちろんのこと、外国人に日本のことを説明するために、再度日本の歴史を学び、日本文化や日本人の価値観、自己表現の方法など挙げたらきりがないくらい教養面が磨かれた。

もし英語学習で英語が上達しなかったとしても、得られたことは山のようにあり、世界を見る視点が大きく変化した。

坂本龍馬の剣への想いと英語の教養面

NHK大河ドラマ「龍馬伝」でとても印象深いシーンがあった。黒船が来航した時に、龍馬は江戸で剣術修行に励んでいたが、黒船の圧倒的な戦闘力を前にして、

「剣などでは、あの黒船に太刀打ちできません。剣術修行するよりも近代的な軍事力強化をすべきではないでしょうか?剣術の練習など時間の無駄ではないでしょうか?」

と師匠に訴えて、道場に行かなくなった。師匠はあえて何も言わなかったが、龍馬は徹底的に自分と向き合って、剣に対する答えを導きだした。

「剣の技能面ばかりを私は追求してきました。しかし、それよりも大事なのは、自分の能力を限界まで突き詰めて、無我の境地を知るために、剣と向き合うことが大事だと分かりました。」

師匠はよくぞ本質を理解したという返答をしていたが、英語にも全く同じことが言える。

私達は学校で受験対策を中心としてテクニック的な英語を学んできて、言語を学ぶ本質を忘れてしまっている。大切なのは英語を通して、自分を高めて人間性を豊かにすることが何より大切だ。

最後に

英語はコミュニケーションの手段として世界共通語の地位にあるので、そのメリットばかりを考えがちだが、教養を磨くことを常に意識することで、言語の本質を理解でき、雑多な情報に惑わされずに、英語と向き合うことができるだろう。